Cocoonとは

あるがまま、を大切に。
Cocoon parents squareは、子ども自身の才能をひきだすための場です。
少人数だからできる丁寧な視線で、押し付けではない子ども自身の内から生まれる楽しさを大切に保育をしています。

2020年4月の移転にあわせ、児童発達支援と休日のイベントも始まります。

「Iwata YucariのCocoonへの想い」は4回の連載予定です。
第一回は「Cocoonのこれまで、現在、そしてこれからのこと

第二回は「プレーパークのこと。地域で子どもたちを守ること。」2020/6/1に新規公開しました。

概要

会社名:株式会社Cocoon parents square
代表者:岩田友加里
所在地:東京都杉並区善福寺2-32-21
電話番号:03-6913-5315
設立:2018年3月
事業内容:保育所・児童発達支援

アクセス

住所:東京都杉並区善福寺2-32-21

交通アクセス:JR西荻窪駅 / JR吉祥寺駅北口 / 上石神井駅 / 大泉学園駅南口からバス乗車【八幡橋 】バス停目の前

西荻窪駅北口から徒歩17分 / 上石神井駅南口から徒歩17分

電話番号:03-6913-5315
お問合せ:お問合せページ

Iwata YucariのCocoonへの想い

Cocoonのこれまで、現在、
そしてこれからのこと

Iwata Yucari
子育ての違和感からはじまったCocoon

2014年、どうしてCocoonをはじめたのか?

 

最初の子、上の娘が生まれてからすぐ、産休と育休をとって週3回で職場にすぐ復帰したんです。アパレルの仕事をしていて、ふつうはあまり育休も取れない業界でもあったのですが、なんとか無理をしながらやっていましたが、とても大変で、大きな違和感を感じていました。
なんでこんなに大変な思いをして、子育てをして、仕事もしているんだろうと。なにかおかしいなって。そして二人目を授かった時に仕事は辞めました。そして子育ての季節が始まります。
同年代の友人たちよりもすこし早いタイミングで子どもが生まれていたので、周りはみんな仕事にやりがいを感じバリバリとやっていましたが、私は子育てがほんとうに楽しかった。夫が働いてくれていたこともあって、ゆっくりと子どもたちと時間を過ごすことができました。

 

「読んで!」と一冊の同じ絵本をいつも持ってくる娘に、何度も何度も読んであげたり、いっしょに寝転んで楽しんだり。その時間がとっても貴重で、楽しい時間でした。そこで子どもたちとじっくり向き合い観察することができたことも、とっても大きな経験になりました。娘にまつげがはえてくる瞬間まで見てましたから、笑。この時間があったからこそ、Cocoonがはじまったし、今のCocoonがある。そう思います。

 

もうひとつ、違和感を感じていたことがあって。それは「ママは外に出るのが大変だ」ということです。外で遊ぶことが気持ちよかったし、子育てするには子どもと外に出ることが日常であるはずなのに、小さな子どもがいるとそんなにすぐには外に出られないんです。これは小さな子どもがいるお母さんならわかってもらえると思うんですがいろいろと準備があるんです。おむつの予備やら着替えやらを用意して、ベビーカーにたくさん積んで、しかも街へ出るには公共手段を使わないとならないのでもの凄い緊張感ですし、すこしお化粧もしなくちゃいけないし、といったことをもろもろやっているとそれだけでけっこう時間がかかる。ほんとうは家のドアをあけたらすぐに外で遊べる、そんな環境がいちばんいいなと分かってはいるんですが、都会にいるとなかなかそうはいかない。そういう経験を経たからこそ「子育てを応援する活動をするなら、ぜったいに自然豊かな大きな公園の近くにしよう」と思いました。
拠点をつくるなら、駅のそばのほうがもちろん便利だし、利用者にとってもいいことが多いです。でも公園の近くでやろう、というところは譲れなかったんです。外遊びができる場所に近い、現場(Cocoon)にすぐに行ける、ということを何よりも大事に考えていました。すぐに日を浴びられて、外の空気を吸える場所で、子育てを応援したいと。だから善福寺公園の近くにCocoonはあるんです。それが今度新しく移転する場所とのご縁にもつながっています。

やっちゃおうか!ではじまったプレーパーク

最初は託児とワークショップを提供していたCocoon。その後のプレーパーク事業はどうはじまった?

もともとプレーパークのことは知っていて、親しんでいました。子どもを連れてはじめてはるプレ(はるのおがわプレーパーク)に行った時、泥んこの子どもたちがめいっぱい遊んでいて、手作りのあったかい遊具があって、水も使い放題で、ほんとうに衝撃でした! それからはるプレ、羽根木公園のプレーパークに子どもたちを連れて行ってよく遊んでいました。10年以上も前のことです。
それからしばらくしてCocoonを既にやっていた時に、いまのプレーパークの代表をやっている中村美奈子さんと善福寺公園で出会いました。彼女がCocoonに来たりするようになっていろいろ話すうちに、「プレーパークいいよね! やりたいよねぇ。やっちゃおうか!」という流れに話が転がったような感じです。それが4年前の2016年。
杉並区で、プレーパークを運営してきている大先輩である『のびっぱひろっぱ』さんのところに美奈子さんと通って、学ばせて(遊ばせて?)もらいながら、少しづつはじめていきました。最初はCocoonの庭でマシュマロを焼くようなところからスタートしましたね。
目指しているのは、常設のプレーパークがやっぱりあればいいなということでした。子どもが主体の遊び場である限り常設にこだわって、おかげで大変なことしか起きませんが、笑、わたしも美奈子さんも大変であればあるほど生きている実感が湧くんです。羽根木公園のプレパは、世田谷区からの助成を受けながら常設という仕組みで子どもたちに遊び場を提供してますよね。杉並でも、常設のプレパをつくりたいなと。これはまだ実現できていませんが、きっといつか形になると思っています(笑)。
代表の美奈子さんは、地域で活動するのが上手で、いろいろなヒトとすぐに繋がってしまうという特殊能力を持っています(笑)。どこに行ってなにをやっても地域活動になるというか、地域と子どものために動いている使命感のようなものがあって、彼女が主になりながら、プレーパーク事業には取り組んでいます。

子どもと過ごす時間は宝物のよう

この春中3の娘と中1の息子がウチには居るんですが、今振り返ってみると、小さいときにとことん遊ばせてよかったなと。後悔はありません。これから日本や世界の未来がどうなるかはわからない、というのはわたしも同じですが、それでもなぜ開き直っていられるかは、この時の経験があるからだと思っています。


私は今でこそ外遊びやプレーパークなんてことをやっていますが、上の娘はばりばりのインドア系なんですよ(笑)。座って本を読んだり一人で絵を描くのがなによりも好きな子で。だから、小さい時分に、わたしの趣味で羽根木公園やはるプレに連れて行っても、そこでどろんこになって遊ぶようなことはなく、座って静かに本を読んだりしていることが多かった。キャンプに連れて行ったりもしましたし、わたしが遊びに行くところにもいっしょに連れていきましたが、どんな環境の下でも彼女は静かに、自分の好きなことをしていました。
無理やり娘に外遊びをさせたりはしないで、その代わりに何をしていたかというと、彼女のことをよく観察していました。彼女が本を読んで、絵を描いているところをずっと観ていた。彼女はどういうところが得意だったり好きなのか。苦手だったりイヤなのはどんな時なのか。彼女の凸なところと凹なところをじっくり観察して、そっとしておくことが多かったです。
あえてやったことは、守ることです。彼女が出しているもの、表現しようとしている気持ちや行動をていねいに守ってあげるということを、していました。たとえば絵を描いていたとしたら、手の届くところに白い紙をたっぷり置いてあげて、近くに色鉛筆も置いておく。下の子が生まれたら、お姉さんのやっていることが気になって必ず触りに来ます。そうなっても彼女が絵を描くことに集中できるように、机をすこし高くしてあげて集中できるようにする。そういうことだけはしてきました。してあげる、というよりは、観察をしていると、空気を吸って息を吐くように自然とその子の求めているモノやカタチが伝わってくるんです。まだ言葉では上手に説明できない年齢ですが、もっと特別な力で導いてくれました。それだけではないと思いますが、彼女はいま自分の好きなことにまっすぐ落ち着いて向かえる人になったなぁと感じます。

子どもへの視点ややさしさはどこで学んだ?身につけた?

私が大人になってからもまだちゃんと遊んでるからじゃないですかね(笑)。
あとは出会いとして大きかったのが、娘の幼稚園の先生。恩師ですね。入園して一番初めの保育参観の日、他の子たちは全員で集まって何かに取り組んでいるんですが、娘だけは端っこで本を読んでいたんですね。それを見た時に、「ああ…」ってちょっと心が折れそうになったんです。そうしたら、先生がサササって私の横に来てくださって、「ひーちゃん、ずっと本を読んでますね。本棚の本を新しくしておいたんですよ。」と言ってくださった。先生は、彼女が本が大好きなことを知っていて、その姿を私に見せようとしてくれてたんです。わたしが心が折れそうになっていることもちゃんと見てくださっていて。。号泣しちゃいましたね。
先生の、必要なときにはグッと寄せてきてくれて、そうでないときは引いている、あの視点にはとっても学ばせてもらいました。親子でも夫婦でも友達でも、距離感やバランス感覚みたいなものを教わりました。ちなみに下の息子は逆に外遊び系が加速しすぎていて家に帰ってこないタイプで(笑)、姉とは真逆です。

どんな子ども時代を過ごしてた?

生まれたのは東京ですが、父の仕事の関係で3-6歳のときにアメリカにいきました。その時に預けられたのがモンテッソーリの考え方で運営していた幼稚園で、そこで長い時間を過ごしました。いまCocoonではモンテッソーリの考えを取り入れていて、私も学んでいるところですが、アメリカでのこの時の経験は大きかったと今になって思います(モンテッソーリメソッドについてはまた次回詳しくお話しします)。
実はこの時期のことはほとんど記憶にありません(笑)。たぶんめいいっぱい遊んでいたんだと思います。今あらためてモンテッソーリのことを学んでいると、当時使っていた教材や遊具がそのまま使われていたりするので、その時の記憶がふいに蘇ったりします。
敏感期という考えがモンテッソーリではありますが、これは3歳ごろの子どもには「吸収する心」という特別な精神形態があり、それは外界のものを非常に積極的に吸収する特別な力をいいます。幼少期の頃の敏感期こそ潜在能力を見つけ伸ばす『今』でもあり、この時期にたくさん集中する時間をつくってあげること。そうマリア・モンテッソーリ氏は伝えています。わたしも思いきり集中して遊んでいたんだと思いますね。

なぜ株式会社による託児サービスで運営しているのか?

子どもの居場所としては、認可保育所、無認可の保育所といった他の選択肢もあった。家庭的保育を株式会社で有償のサービスとして提供する意図や思いは?

モンテッソーリでいう超敏感期である0ー3歳のこの時期に、子どもと過ごす時間を大切に考える親御さんのことをサポートしたい、という思いがまずあります。時間だけは巻き戻すことができないからです。Cocoonでは、保育園のように平日の日中を同じお子さんで預かるサービスは提供していません。あくまでスポットで短時間預かるサービスが基本となります。
それは、お母さんとお子さんのしあわせな時間をできるだけ大切にしてほしい、という願いのようなメッセージのようなモノかもしれません。
そして他の園との違いは、少人数制、自由保育、外遊びに特化し潜在能力に働きかけ、親の代わりになって観察をし、見守り、圧倒的に愛をかけ育む、家庭的保育(私たちはお家保育と呼んでいます)であること。現役ママ達でもある私たちスタッフこそが最も得意とする専業主婦目線、これはある意味日本の資本主義と逆行している今時めずらしい託児所かもしれませんね(笑)。
スタッフの話が出たので少しお伝えしたいと思いますが、子どもたちだけでなく働くスタッフの環境や精神状態なども、お預かりする子ども達と同じくらい大切に考えています。見守る私たちの心がまっすぐであると、きちんと子ども達にもまっすぐと伝わるんですね。
こうした伝わるものはぐるぐると循環していて、私たち大人が子どもたちから教わることもたくさんあります。
命の尊さは同じだよ、大人だから、子どもだから、男の子だから、女の子だから、などの線引きはないんだよ、とCocoonにくる子どもたちは教えてくれています。私たちはお世話をしているようで、実は子どもたちに心のお世話をされているようでもある。本当に毎日が楽しくてたまりません。

4月に拠点を移転するにあたって、改めて日本の教育現場について真剣に考えさせられました。認可園や無認可の園、そして公的な助成や保証の対象から外れている、自主保育やこどもの家など認可外の様々な子どものための場所なども選択肢としてありました。
最終的に私たちは、株式会社による託児サービス、というかたちを選びました。その最大の理由は、子どもたちのあるがままの姿と多様性、そして自由を確保したかったからです。ある規定の枠にはまることにより、様々な制限や負担が増え、子ども達と過ごす喜びや楽しみが減ってしまうことも避けたかったし、私たちがそうした規定に適応するとも思えません、笑。
昨年から始まった国による幼保無償化の細分化により、地域型保育事業という括りで無償化制度に参入の方向で準備を進めていますが、多くの専業主婦の子育てママにとって適用外である現行の制度についても考えさせられます。同じ国の、同じ子どもなのになぁ、と。家の仕事をし、子育てという重要な仕事をしている人への評価やリスペクトがもうすこしあってもいいなと感じます。

Cocoonのこれから

Cocoonのこれからのこと、どんな場所をつくっていきたいかについて

いつか常設のプレーパークをこの善福寺公園に!
そして新しくできる『善福寺の家』を、この地域の親子だけでなく、風通しの良い、多世代交流の場にしていければなと思います。
私がこれまでやってきたこと、そしてこれからもやっていこうとしていることは、どの親とも同じで、平和を願う活動のようなものです。私もそうですし、周りのお母さんたちと話をしていても、子どもたちがこれから先どんな世界を生きていくのか、先の見えない不安を感じて子育てしている人が多いと思います。10年後、20年後の日本は、世界はどうなっているんだろう。AIやプログラミングのこと、アートの意味、仕事や生活のこと。いろいろなことを考えて、どうしたら子どものためになるのか、アンテナを張り巡らせています。でも、やっぱり愛情でしかないんだと思います!
私が自分の子育てやCocoonを通じてやってきたこともそういうことでしかなくて。愛情を自分の子どもにだけではなく、友だちの子にも、近所のあの子にも、手と手が繋がる距離から少しづつ…。そうやって目に見える範囲でやれることをやってきて、少しづつ波紋のように広がってきました。そういうふうに愛情を広げていくことが、最終的には世界の平和につながるんだろうなと、そう信じて、今があります。
これからもそれを少しづつ続けていきたいですね。

(インタビュー・構成:淵上周平)
プレーパークのこと。
地域で子どもたちを守ること。

Iwata Yucari
Minako Nakamura

善福寺プレーパークのはじまり

前回にもすこしお話したプレーパークのはじまりについて。代表の中村美奈子にとってはどんなはじまりだった?

 

中村美奈子(以下”中村”):はじまりは、成り行きでしたね。こういうときはだいたいゆかりちゃんが、きょとんとした顔をして重大な話しを持ってくるんですけど、あの時もそうでした(笑)。

ウチの子どもたちが小さい時から、杉並区の冒険遊び場チームが柏の宮公園でやっていたプレーパークに自転車で通っていました。あと、その時の職場が梅ヶ丘の特別支援学校の都立光明学園で、羽根木プレーパークの近くだったこともあって、近所の友だちグループで羽根木に行って遊んだりもしていました。
私は娘の感覚をとっても信頼していて、「迷ったらこの子に相談すればいい」と思っているくらいなんですけど、羽根木に遊びに行っていたとき、

「お母さん、わたしディズニーランドよりもここのほうがぜんぜん楽しい!」

と言ってめちゃくちゃ楽しそうに遊んでいたんです。
その娘が3年生の時に善福寺に引っ越してきました。善福寺公園に行った時に、

「お母さん、ここって木登りもターザンもできないの?」

と言われたんです。確かにそうだよねって。羽根木はもちろんいいんだけど、近所であんなふうに遊べたらなあって。
そんなある時に、

「柏の宮公園のプレパに行って遊んだよ〜」

という話しをFacebookで書いたら、ゆかりちゃんが

「わたしも行きたい!」

とコメントをくれたのでいっしょに遊びに行くことになり、そこからトントンと話しが進み出しました。つい私が、

「近所にあったらいいよねえ。善福寺公園でやりたいよねえ…。」

とつぶやいちゃったんですよ。そうしたらすかさず、

「やろうよやろうよ! 」

と背中を押してくれたというか、蹴られたというか(笑)。
タイミングがいいことに、ちょうどその時、杉並区が外遊びを推進していきたいということで、区内でプレーパークを新しく立ち上げる団体を1年間支援するという事業がはじまるところだったんです。その事業のもとで、杉並でプレーパークを15年続けていたのびっぱさんが、私たちのプレーパークの立ち上げを全面的に、親身になってバックアップしてくださいました。2015年のことでしたね。

善福寺地域のこと、子どもたちのこと

最初のころはたいへんなこともありましたか?

 

プレーパークをはじめたころは、この地域でもかなり浮いていたと思います(笑)。ピンク色のジャージを来て青梅街道を朝6時にリヤカー引いて遊び場に向かっていったりしてましたからね…。
もともと地域の方たちはずっと、子どもたちのために夏は櫓を組んで夏祭りをやったり、冬には餅つきをやってくれていたり、季節の行事をいろいろされていました。積み重ねてきた先輩たちの歴史もあった。だからやっぱり、「プレーパークなんてこの地域に必要なのかな?」というふうにも見えていたと思います。
このあたりは杉並区でも教育熱心なご家庭が多い地域で、子どもたちもけっこう大人っぽい子が多い。逆に言うとあまり子どもらしくないというか、すこしきっちりし過ぎている子が多いなと私は感じていました。
そんな子どもたちに、水辺もあるし植物もたくさん、広場もあるという素晴らしい環境の善福寺公園を使って、遊びの選択肢を見せてあげたいなと。ちょっと窮屈に思っている子たちがいたとしたら、その栓を抜いてあげたらどうなるかな、という思いで、子どもたちとめちゃめちゃ遊んでいました。

そんな私たちのことを、地域の方たちはよく見ていてくださっていて、ある時、

「僕も昔プレーパークをやりたいと思って羽根木のプレーパークまで視察に行ったことがあるんだよ。ママが2人でやっているのは尊敬するし、夢が実現するようにサポートしたい」

と言ってくださる方が現れて(笑)。それがいまのcocoonの大家さんなんです。

プレーパークで子どもたちはどんなふうに遊び、育つか?

プレーパークではどんなふうに遊んでいますか?

 

中村:子どもたちと遊びに行くときは探検と観察が多いです。いつ行っても同じもの、同じことがひとつもないんです。草でも木でも、池の近くでも、美しいものが善福寺公園にはたくさんあります。草を引っこ抜いて根っこを見てみたり、皮をめくってじっくりいっしょに見たり。空気の匂いをかいだり、鳥や虫の声を聞いてみたり。
刺激に敏感な子は、最初は葉っぱだらけ、泥だらけになるのを嫌がったり、坂道が苦手だったりする。でも大人の関わり方や見せる姿で子どもたちはすぐに変わります。最初は、ドロドロにさわれない子が、次に来た時は少し触れるようになって、5ー6ヶ月したらすっかり楽しく遊べるようになる。こわいとか、気持ちわるいと思い込んでいたことが、「意外と大丈夫だ、意外と楽しいな」と突破できるようになる。そういう成長する瞬間みたいなものは、子どもにとってはすごく嬉しいんですよね。そして見ている私ももちろんうれしい。
成長したいという本能は、子どもにも大人にもあります。もっと良くなりたい、よく生きたい、成長したい、と思っている子どもと大人がいっしょに過ごすことの素晴らしさを日々感じています。

 

岩田ゆかり(以下岩田):みなちゃんはそういう時、子どもに「してごらん」て促すんじゃなく、率先して自分でやるよね(笑)。まず自分でゴロゴロしちゃう。

 

中村:そう。わたしが楽しいからゴロゴロしちゃう(笑)、それを見ていた子どもたちは、だんだんやってみようかな、となってくる。落ち葉のふわっとした感触に支えられてる感覚とかも子どもはすぐにわかるし。

 

岩田:体感で子どもたちを惹きつけている感じにみえます。身体でわかっていることがあるというか。みなちゃんがふる里の熊本にいた子どもの時から、山や海や川を野生で遊んでいた時の体感があるんだろうなあと。
モンテッソーリの考えでもありますが、幼少期の敏感期(0歳〜3歳)の体験や体感というのは、潜在意識の奥深くに残り、後になって大きく効いてくるんです。私たちcocoonが保育やこれから始まる発達支援の対象年齢を下げているのにもそういう意図があって、小さい時にたくさん遊ぶ、手足を使って、自然のあるところで遊ぶことの意味は大きい。
東京だと外遊びはできない、自然に行かなくちゃ、って言われることもあるけど、東京でも十分遊べるよ、ってこの地域にいると思いますね。

 

中村:善福寺公園なんて子どもからみたら森と湖ですからね。

コロナでもあまり変わらないということ

お話を聞いている現在は、コロナの影響で学校も幼保も休み、緊急事態宣言が出ていて非日常になった東京ですが、どんな変化や発見がありますか?

 

中村:cocoonは善福寺川沿いに建っているんですが、遊歩道をお散歩するお母さんと子ども、家族連れで公園に向かう姿が増えたと思います。公園に行っても、親たちが子どもの遊びをじっと見て、惚れ惚れしているような光景を見かけるようになって。その時、プレーワーカーがするように、子どもに「これはだめ」と言わずに、やらせてあげて、見守っているなあと。子どもの良さに気づく時間になってるのかもしれない。

 

岩田:日常から非日常にはなったけど、cocoonにいる私たちの毎日はあまり変わらないんです。もちろん緊張感はあるけど、朝自転車でここに来る途中もだれにも会わないし、着いたら部屋の窓をあけて、お花に水をあげて、昼には子どもとごはんを食べている。
そういう意味では、都会にいるけれど、ローカルで暮らしているような感覚があるんです。3.11の震災の後も今も、都市から離れてローカルへ、地方に分散する社会へ、というアイディアは根底にあるんですが、私はこの善福寺の土地でローカルに生活できているのかもしれない、ということに気づいた。仕事と暮らしのバランスを大切にしたい、という想いからですね。
国や会社からいろいろな制限が出たり、非日常な対応を迫られるという時に、あまり影響を受けないでいられる暮らしができていること。それは自然や宇宙に生かされていることに気づき、自分と向き合って、相手もよく観察して、一緒になって心地いいことをしていたら自然とこうなった。この善福寺という土地や緑に守られているんだなぁ、と感謝しています。

ななめの関係で子どもと大人がいろいろな繋がり方をする場所に

cocoonでの大人と子どもたちとの関係は、単なる保育でも預かりでもない気がします。どういう関係なんでしょう?

 

岩田:私たちはななめの存在として接しているかな。

 

中村:そうだね。自分のお父さんやお母さんとは違う人だけど、世の中にはいろんな人がいるんだなっていうのを柔軟に見て、吸収していってる。親の言うことや価値観は、子どもにとって時には強くなりすぎて、逃げ道がなくなっちゃうこともある。でも近くにななめの存在がいたら、子どもたちは自分に必要な場所や空気をよくわかっているから、「こういう時はここに行こう、こういう時はあの人に会おう」、と自分に必要なことをチョイスできる。

 

岩田:プレーパークの講座で「昔は鳶(とんび)が鷹(たか)を生むという話しがあったけど、今はそれはない」という話しを聞いたことがあって。それは、昔は自分の子どもが隣の長屋のおじちゃんと一緒に過ごすような時間があって、そういう人が、家族には無い才能を発揮して、子どもの才能を見出して磨いてくれたりする機会があった。それで鳶(とんび)が鷹(たか)になったりすることがあったけど、いまはそういうコミュニティやななめの繋がりが薄いから生まれにくい、という話しでした。
ほんとうにそうだなと。親や先生じゃない、わたし達の繋がりで地域の人たちやおもしろい大人と出会うことは、子どもにとってはチャンスで、そうやっていろんな化学反応が突発的に起こるような場所にしたいなと思っています。だからcocoonにはいろんな人が来ます。虫博士が来たりね。

 

中村:あの人もおもしろい人だったね。30歳前後なのかな、昆虫の研究者の男性で、cocoonの顕微鏡を見に来たという(笑)。

 

岩田:みなちゃんがどこからかもらってきた古い顕微鏡がすごい珍しいものだったみたいで、ウェブページにちょっとだけ写っていたのを見つけて、遠くから連絡してきたんだよね。

 

中村:そう(笑)。その虫博士と、よくcocoonに来ていた昆虫大好きな男の子が出会ってね。その男の子は、杉並ではじめて発見された毒蜘蛛を通報して表彰されたりしてた子(笑)。川で遊んでいた小さい子にヒルが10匹くらいひっついてたくさん血を吸われていた時も、「洗っとけば大丈夫だよ」って教えてくれたりする。その虫好きの2人で文通がはじまってね。

 

岩田:その子のお母さんがお迎えの時に、「お手紙を交換してるんですよ」って伝えてくれたりすると、学校のテストで100点もらったって聞くよりも断然うれしい。10年、20年くらい先に思い出してくれたりとかね。そういう出会いがこの場所を通して増えたらいいよね。
彼は最近になってもよく来てくれる。cocoonに来れば見て見ぬ振りをしてくれるから楽なんだろうと思う。そっとゲームやったりもしてるしね(笑)。

 

中村:きっとああやって気持ちを抜いてるんだよね。

 

岩田:うん。そういう子たちが「来たい!」と思える場所なら、ここは大丈夫かもしれないって思える。

安心して戻ってこれる場所とその守りかた

ここは生きやすい。いろいろ楽しいことがあるし、居るだけでほっとする場所ということですね

 

中村:子どもたちが外で思いっきり遊んだり冒険できるためには、安心して戻ってこれるお家が必要なんです。ここに来れば、ゆかりちゃんが子どもたちのこと、そして親であるお母さんたちのことも、親身に理解しようとしてくれて、守ってくれる。


外遊びに行ったときに、ある子がちょっと地域の人に厳しい眼で見られたことがあって。その子はいろいろなことを敏感に感じるタイプの子だったんですけど、「cocoonに帰りたい」ってわたしに言ってきたんです。そしてここに戻ってきたら、ホっとして、またリラックスして遊んでいました。
私にとっても、外で遊ぶのは楽しいけれど、子どもたちのことを守らなくちゃいけないし、気も張っています。だからここに戻ってくるとほんとうに安心できる。ゆかりちゃんがお母さんのように居てくれるみたいな感覚がある。

 

岩田:全身で自分のことを許してくれるような存在が居てくれる家があったら、すごく安心するよね。それは親じゃなくてもいいよね。子どもたちやお母さんたちにとって、そういう存在になれたらいいなと思ってる。みなちゃんにとってもそうだといいね(笑)。
そして大事なことは、安心を担保するためのリスクヘッジは、みなちゃんが主にやってくれていること。衛生管理や子どもの安全面については彼女が担当してくれていて、ここを頼りに今のcocoonは大きく成長しています。

 

中村:子どもたちが自由に冒険をしたり、ちょっと危ないことにでも挑戦させてあげるには、見守る大人の受け皿の準備が必要です。子どもたちが自分でいろいろなことができるようになるまでは、思い切り挑戦して、失敗もして、何度も冒険できるようになっていったほうがいい。そのために、管理はしたくないですが、準備はします。救急の講習も毎年受講していますし、児童発達管理責任者の資格も取得しています。

 

岩田:スタッフのみどりさんも児童発達管理責任者を持っているので、まだ受け入れが0人(2020年5月時点)なのに2人も有資格者がいます(笑)。

 

中村:私は万全の準備をするのは得意だし、好きなんです。今回のコロナでも感染症対策のマニュアルを作りました。外遊びで子どもたちといっしょにバカみたいに遊ぶのも好きですが、きちんと準備をしてしっかり遊ぶのが好き。看護師をやっていた経験も影響があると思います。
プレーパークでは、「ケガと弁当は自分持ち」といって子どもたちを自己責任で遊ばせますけど、私たち大人はもちろん無責任ではなく、究極的には子どもたちを守るための責任のある行動をしないと、とはいつも思っています。そういう私やゆかりちゃんの背中を見て、子どもたちがいいところをまねしてくれたり、なにか感じてくれたらいいなあと。

 

岩田:羽根木プレーパーク最初の常駐プレーリーダー天野さんが、「リスクとハザードの違い」という話しをしてらっしゃいました。リスクはケガをするかもしれないということ。ハザードは事故で死ぬかもしれないこと。ハザードはぜったいに避けるが、リスクは子どもたちに開放してあげようと。プレーパークの人たちが子どもたちと積み重ねてきた経験や歴史があって、そういうガイドとして私たちに手渡されている。先輩たちのそういう貴重な蓄積を受け取って、学んだことですね。cocoonのお家保育の指標になっています。

地域で子どもを見守ること

前回も、子育てママへのリスペクトをもっと!という話しが出ましたが、家族ではないななめの存在が、子どもたちを見守る存在として地域にいることの意味は大きいですね

 

岩田:みなちゃんは地域の学校にもすごく出入りしていて、学校の行事を覗きにいったらなぜか泥んこになって学校にいたりします(笑)。着ぐるみに入って大真面目に子どもの相手していたりね。

 

中村:着ぐるみ大好きなんですよ。着ぐるみの中からだと、子どもの目線がわかる。私が入っていると子どもたちの寄りつきが違うって褒められます(笑)。子どもたちは勘で動いているから、中が誰かわからないのに寄ってきて、なぜか通じ合える。それがおもしろい。cocoonに託児で来てる子たちも、私が中にいるってわからないはずなのに、すごく寄って来ます(笑)。

 

岩田:子どもにも人気だし、生き物にも好かれるし、着ぐるみを着ててもモテモテ(笑)。

 

中村:学校でも、プレーパークでも、cocoonでも、バタバタやってきましたが、地域の子どもたちの雰囲気も少し変わったような気がします。ピンクのジャージのヘンだけど楽しそうな大人が居てもいいなら、子どもたちにとっても楽になるところもあるかなって。そんなに深く考えてやってるわけではないんですけど(笑)。

 

岩田:そしてもちろん、私たちだけでやってるわけじゃない。地域のネットワークぜんぶで子どもたちを見守って支えているし、私たちも守ってもらっている。

 

中村:私も小さい時、近所のおじちゃんやおばちゃん、お兄ちゃんお姉ちゃんたちに助けてもらったことをよく覚えています。お漏らししちゃってそのまま道を歩いてたら、おばあちゃんが家に入れてきれいにしてくれたりとか。そういう人たちに守ってもらって生かされてきたなと。

 

岩田:迷惑をかけちゃだめ、という日本の文化は、いろいろなことを窮屈にしちゃっている。この話しは、地域のおじいちゃんおばあちゃんたちとおしゃべりしててもよく出てきます。子どもの頃ってやっぱりそんなに行儀も良くなかったり迷惑かけることもあって、それで叱られたりすることもある。でもそれもななめの関係で、寛容に子どもたちを見守っていこう、って思ってくれる人もこの地域にはたくさんいるし、増えてきたような気もする。

 

中村:高齢者の集まりでプレーパークのことを話したりすると、「そんな遊びなんて序の口よ!わたしたちなんてもっとすごかったわよ」「おれはもっとすごかったぞ」って話しになったりもするね。

 

岩田:子ども時代は誰にでもあったから、ちょっとした理解のきっかけが開くと、暖かく理解してくれるようになるんだと思います。

地域でたくさんのものが循環していることに気づく

善福寺という地域とのつながりはとっても大きいです

 

岩田:みなちゃんは地域のおじちゃんにもおばちゃんにもモテています(笑)。

 

中村:庭に置いてある臼も、「餅つきやるべ」、って近所のおじいちゃんが持ってきてくれたよね(笑)。言葉じゃなくて、私たちの動きを見ていてくれて、だんだん認めてもらって、「あなたたち大変でしょ」っていつの間にか応援してくれるようになってきた。「しょうがねえなあ」って思われてるかもしれないけど(笑)。

 

岩田:向かいのおじさんも、サクランボの木の実を取らせてくれたり、差し入れ持ってきてくれたりね。

 

中村:立ち上げの時から、交番に挨拶にいったり、児童館にも相談に行ったりして。館長さんもすごい素敵な人で、応援してくれてる。

 

岩田:うん。地域のネットワークってあるんだなと、あらためて実感しています。土地の神さまなのかわからないけど、明るい未来に向かって一つの点として引っ張られているようなイメージで、自然が子どもたちのことを守ってくれてるんだなって、毎日ありがたいなあって思っている。

 

中村:こないだ床拭きしながら「循環だよ〜」って号泣してたもんね(笑)。

 

岩田:そうだったね(笑)。あの涙はなんだったんだろうね、、言葉では表せない素晴らしいエネルギーを、新しく建ったこのお家から全身で受けちゃって。わたしはだいたい掃除中に覚醒することが多いんだけど、走馬灯のように次から次へと感謝の気持ちが溢れて、それはcocoonやここで話したプレーパークや地域のことだけでもなくて。ものすごくパーソナルなことも含めて、今があること、まだ見えない未来へ繋がっていて、それは循環して回っているんだと気づいたら、温かくて温かくて涙がとまらなくなって。
うん。感謝ですね。

(インタビュー・構成:淵上周平)