2023夏のインクルージョン保育研修

みなさん、こんにちは。発達支援アドバイザーの茂木です。

今年の夏は異例の猛暑続きで、6月から9月に入った現在でも30度を超える暑さが止まりません。

さて、Cocoon parents square が始まった当初から私たちの願いは揺らいでいません。それは、どの子どもも地域で一緒に過ごすインクルーシブな場の実現に向けた切実な願い。

この8月の夏休みに、私たちは福島県郡山市にあるインクルージョン保育を実践されている園さんを視察させていただき、多くのことを学ばせていただきました。

 ご訪問させていただいたのは、社会福祉法人どろんこ会、八山田どろんこ保育園・児童発達支援つむぎ八山田ルームさんです。

 一言で言うならば、「子どもは子ども集団の中でこそ共に育ちあうのだ」というシンプルな答えがそこにありました。どの子どもも、子どもらしく、子どもで居られる空間、そして他者との相互作用の中に学びがあり、自由な遊び環境の中に発達がある。障害の有無にかかわらず、みんな一緒に過ごすこと、そこにどれだけ大きな利益をもたらすのかを、世の中の大人は気づいていないのだと思い知らされます。

 インクルーシブ保育をいち早く取り入れていらっしゃる、八山田どろんこ保育園の1日を見せていただいき、一つの「社会」をまるごと見せていただいたような感覚でした。

 保育という視点より、そこはもう立派な社会。おとなも子どもも同じ目線で対話する。時に、ことばではないコミュニケーションの対話もある。社会に出た時、誰もが同じ土俵に立ち、それぞれの持つ得意・不得意を補いながら、それぞれのできることをできる人がする、助け合い協力し合う。時に意見交換をし、ディベートをする。そして実践してみる。失敗も体験しながら試行錯誤し、より良い社会を作り上げていく方法を共に考える。そこに強い弱い、障害の有無、能力格差や差別・分類は存在しない。

 「みんな違って当たり前だ」ということをこどもたちみんなが知っているのです。子どもたちにはなんの問題も疑いもなく「みんな一緒」が日常なのです。これこそが日本社会のあるべく姿、本物の「社会モデル」なのです。

 大人とちがい、子どもたちの辞書には「障害・差別・偏見、格差・特別支援・インクルージョン」などの言葉は存在しません。特別支援は当たり前の手助けと認識しています。子どもたちがインクルーシブ社会のつくりかたを一番よく知っているのです。小さな子どもたちから莫大な価値観を見せていただいた1日となりました。

 子どもたちはなぜ遊ぶのか?なぜ水やどろんこ遊びをやりたがるのか?子どもの発達段階を知る方ならご存知ですね。様々な感覚からの刺激が脳の発達を促すことを子どもたちは知っているからです。

 子どもたちが自らする遊びには壮大な意味があることを知っている大人が増えれば、より豊かに育つ子どもは増えるでしょう。豊かな発達を保障する環境を整えることが、子どもたちへの最善の利益、大人の責任だと私は考えています。
 何をしてもいい。自分に必要なこと、自分が楽しめることする。自分にとって心地のよい感覚を知ることは、自分を大切にすること、自分の身を守ること、自尊心や自律心の構築にも繋がるのです。

 「発達支援」というものは、発達障害の特性を持つ子どもたちだけのものではありません。子どもはみんな発達段階にあり、その速度、特性、発達レベルは様々です。それでいいのです。

 「日本でもインクルーシブ教育を推進している」とされていますが、一方で各学校に特別支援教室や学級が設置されるなど、分断教育が加速しインクルーシブ教育の実現とは逆方向に向かっているのが現状です。なぜなのか?

 それは「インクルージョン」というものを人々がどう言った視点でみているか?によって結果は違ってくるからです。勉強についていけるのか?みんなと一緒に同じことができるのか?集団の中で足並み揃えてやっていけるのか?特別配慮が必要なのか?テストで点数取れるのか?などなどの視点で見ているとしたら、当然「無理だから特別な場所へどうぞ」という結果になります。

 「アカデミックスキル」を重要とするか?「生きる力や生活スキル」を重要とするか? 「社会モデルの重要性」を大切にしている現場では、インクルーシブ社会というものをどう見ているのでしょうか。

 まさに、生活力、人間力、そして子どもの最善の利益である豊かな「発達」に重点を置いていると思います。


 保育や教育の中に「生きるためのスキル」が育つ環境であるかどうかは、非常に重要だと考えています。
私たちは子どもにどうなって欲しいのか?学歴や偏差値よりも、人の手を借りながらも自律心を持って幸せに、強く生きていって欲しいと願っているのではないでしょうか。
 
 だれもがこの社会で生きていくのですから「生活」をベースとした共生教育にシフトしていく必要性を感じています。分断させる教育は、共生社会を産まないのです。

 遊びに没頭し、楽しさを分かち合う、食をともにする、休息をともにする、おしごとをともにする、笑いも悲しみも失敗も成功もともにする。

 それだけなのです。ただただそれだけの日常生活の中、「相互作用」がミラクルを引き起こします。
「できない」と言われていたことは、日々の生活の中で「できた」に変わっていく、そんな子ども集団のエネルギーを日々目の当たりにしています。

 そして何より素晴らしと感じたのは、思いやりの精神が自然と身についていくことです。幼少期から様々な障害のある子どもたちと接している子どもたちは、大人よりも素早くその子どもの困っていることやニーズに気づき手助けをする場面に何度も衝撃を受けました。

 「大人はこどもを充分に知らない、もっと子どもを信じよう。」と日々の保育の中でも強く感じています。

 どうか大人は「この子は無理」だなんて決めつけないでほしいとな、と願っています。

 かつて、日本では多くの親が障害のある子どもを外には出しませんでした。なので、地域の人々は障害のある子どもたちを見たこともない、接する機会もない、よって支援する方法すら学ぶチャンスがない、むしろ思い込みが広がり差別や偏見が一人歩きしたのです。社会の一員として参加できない、みんなが当たり前にしている体験ができない、多くの権利を奪われた子どもたちが悲惨な日常を送っていた時代がありました。親も子どもを施設に入れるか家に閉じ込めるかの選択肢しかない時代。「人権」を意識することすらありませんでした。それが分断教育、分断社会を広げてしまったことに私たちは気づかなければなりません。

乳幼児期からの「共に生活をする」ということがより良い社会へと変わっていく土台となるのです。

 インクルーシブマインド(意識すること)は乳幼児期に体験を通して育ちます。「だれもが共に過ごすインクルーシブ保育」がもたらす未来の社会への影響は計り知れません。「みんな一緒に」がどんなに大きな意味を持つのか、今、見直す時に来ています。

inclusion mind / Written by Kids Sense Atsuko Mogi